ファジアーノは、家族であって友であって仲間です。 家族や友が苦しいときに、力を貸したり助けたりするのは当たり前のことなんです。ファジアーノは、誰のチームでもないんです。 ここにいる10人ぐらいのサポだけのチームでもなく、岡山にいる皆のチームです。(サポーター) †2006年大分での敗戦後あるサポーターがマスコミのインタビューに答えた言葉 てぃーでぃーけぇー (大分に駆け付けたサポーター) †2006年地域リーグ決勝大会最終日。 すみませんでした・・・(キャプテンカズマサ) †2006年中国リーグ第2節セントラル中国に0‐5で負けた試合。 サポーターは血(丸山富洋) †2006年天皇杯社会人予選でNTN岡山に負けた試合後、退団する丸山富洋が涙を浮かべながらサポーターに別れの挨拶をした。 一番大切なのは、あきらめない心だと思います。今まで能力はあっても心があきらめ、消えていった選手を僕は沢山知っています。あきらめずに最後までやり通せば、たとえその日は負けたとしてもきっと何かが残る。残ったものを拾い集めて、あきらめずにまた戦えばいい。(梁 圭史) †FLYING POSTMAN PRESS SPORTS アブソリュートリスポーツ(2006年)より ファジアーノをよろしくお願いします。(藤井一昌) †退団を覚悟していた男が、全てを悟らせるかのような一言を2006年末にあるサポーターに手を差し出し言いました。 なぁ田渕、ファジアーノで一緒にサッカーやらないか?(藤井一昌) †FLYING POSTMAN PRESS SPORTS アブソリュートリスポーツ(2006年)より もう選手たちに悔し涙を流させはしない。今年俺たちがJFLに連れていく。(サポーター) †「私は貴方たちをこれ以上悲しませたくない。新たに仲間になった俺たちがそんな想いは絶対にさせない。」 試合が終わってすごく泣いた。知らないうちにファジのことが大好きになってたみたいです。(サポーター) †みんなそうではないかな。 あいつらとは魂で繋がっている。(重光貴葵) †退団した2006年の仲間について言った言葉。 ファジアーノになった時に「6」をつけさせてもらって、チームが大きく変わった今年にもう一度、その時の気持ちに戻りたいと思い・・・・・・・。(青山裕高) †RFK、ファジアーノ元年の唯一の選手だった彼が今年にかけた気持ちは、僕らの想像以上のものだったのでしょう。 NUNCA DESISTA DO SEU SONHO(ジェフェルソン) †「夢を絶対にあきらめないでください。」とジェフェルソンは子どもたちに送りました。 「今までの体質を俺たちが変えて、俺たちが4000人集めて、俺たちが新しい風をファジに吹かせた」んじゃなくて、過去何十年間の岡山サッカーの先人たちの努力があったからこそ今があるんだ。(ファジアーノ取締役の一人) †こういう方がフロントにいるからサポーターはフロントを信じている。 JFLで待っている(三菱自動車水島FCサポーター) †2006年地域リーグ決勝大会前に水島FCサポから言われた言葉 惨敗って言葉は使いたくないよなぁ(サポーター) †2006年公式HP管理人が、セントラルに大敗した後の言葉 どんなに強烈なシュートでも、「怖い」と思ったことはない。(徳永武) †GKって凄い。 後悔ないサッカー人生をおくります。ファジアーノを頼みます。(丸山富洋) †岡山を離れる前日に涙を流しながらあるサポーターに言った言葉 お疲れ様でした!ありがとうございました!(中川英之) †2007年始動したばかりの玉島の森での練習後。 90分間、全力で走り続けることしかできない。(乙倉健二) †この気持ちがファジアーノには必要。 オマエが頑張るなら、オレも頑張る(サポーター) †仲間が頑張っているから、自分も頑張れる。 今のファジアーノにとって、無駄な試合はひとつもない。(重光貴葵) †2007年西日本社会人にむけて。 無念さがこみあげ、私もピッチで涙した。(山陽新聞記者) †2006年、地域リーグ決勝大会の後の山陽新聞の記事。 夢見る時代(宇都宮徹壱) †Jを目指すクラブにとって地域リーグとは、夢見る時代と宇都宮氏は言った。 また浜田にいこうや(サポーター) †2006年地域決勝大会に敗れ、喫煙場所に集まった10数人のサポーター達。 暗いと不平を言うのは簡単。自ら、進んで灯をともす。それをしないと何も生まれない。(サポーター) †ファジアーノが、ここまできたのは、サポーターやフロントたちが、不平を言う前に自ら何が出来るのかを考え行動してきたからではないだろうか。 |